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村瀬雪峡(秋水長男) (1830 天保元年 〜 1879 明治12年) 名は甒、字は君尊、通称東作。
村瀬藍水(雪峡長男) (1861 文久元年 〜 1892 明治25年) 名は緒、字は彤(弓)、通称岸太郎。


村瀬雪峡 掛軸 (2006年10月購入)

村瀬雪峡

(判読中)
騒人曽記是楼奇
吾試登臨喚酒巵
嵐色滴衣春雨後
風光映檻夕陽時
罩煙韓島海門立
截浪漁帆天末馳
眼界欲西躬北州
慇懃拾得入新詩

乙亥暮春與高野大森二君飲于海岳楼 雪峡樵夫

騒人かつて記す、是の楼の奇
吾れ試みに登臨し酒巵を喚ぶ
嵐色、衣に滴す、春雨の後
風光、檻に映ず、夕陽の時
煙を韓島に罩めて海門立ち
浪を漁帆に截りて天末馳す
眼界西せんと欲すれば、躬は北州
慇懃に拾ひ得て、新詩に入る

乙亥(明治8年)暮春、高野・大森二君と海岳楼に飲む 雪峡樵夫

海岳楼 :富山県氷見市湊町にあった料亭(主人:酒屋善七(敬斎))のことか(googleより)。


村瀬雪峡 掛軸 (2010年06月購入)

p1

磁盆移植小金英
一気春回翠幾茎
非是陽和加寵賞
可能福寿賜嘉名
無稽莫據草経説
不朽誰添花史評
好与阿松相映立
爲君側盞祝新正

時在丙辰開春二日試筆 雪峡

磁盆、移し植う、小金英(花の名)
一気、春は回(めぐ)る、翠、幾茎
是れ陽和の寵賞を加ふるに非ず
能く福寿の嘉名を賜ふなるべし
無稽なり、據ること莫かれ、草の経説に
不朽たり、誰か添へん、花の史評を
好し、阿松と与(とも)に相ひ映へ立ち
君側の盞と為りて新正を祝はん

時に丙辰(安政三年)開春二日に在りて試筆す 雪峡


村瀬雪峡 色紙 (2012年12月購入)

色紙

p2


村瀬甒(雪峡)手稿漢詩文綴 (岐阜県図書館蔵) 6丁 25cm 嘉永3年は雪峡二十歳の時。

手稿漢詩文綴

庚戌(嘉永3年)正月初八日魯宝家小集 / 春日梅花村舎作
晩春山院 / 公孫鞅課題
尾州路上 / 梅雨
秋日遊西村 / 暮秋宿各務氏
題画

遊高澤山記
承前
松陰山房記
承前
承前

末辞


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