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良寛 

良寛禅 師坐像

桝澤清制作 相馬御風箱書

1927 昭和2年 頒布

良寛禅師坐像

  出張で新潟県の出雲崎へ立ち寄ることを得、そのとき良寛堂で伏し拝んだ禅師の座像、これとよく似た小さなブロンズを、なんと偶然にも帰還してから入手する といふ僥倖に与りました。
 けだし近代詩においては宮澤賢治、江戸漢詩においては良寛。この御両人は、大乗と小乗と立場は違へど御仏の所縁深く、地域や政治の垣根を越えて広く民衆 に親しまれてゐる点では正に日本を代表する詩人と呼んでもよいかもしれません。
 箱書きもゆかしき良寛禅師の銅像を手に入れることができたのは、格別の御縁と信じるところ。江戸時代に生きた先賢詩人の素懐を探るべく、さらなる学習精 進に勤しんで参ります。感謝と合掌。 2010年 9月21日







【参考】 国上寺本堂に設置された元となった銅 像


復刻掛軸 (2010年11月購入)



頭髪蓬々耳卓朔  頭髪 蓬々として耳卓朔なり
納衣半破若雲畑  納衣半ば破れて雲畑の若し
日暮城頭帰来道  日暮 城頭帰来の道
児童相擁西又東  児童相擁す 西また東


拓本掛軸 (2010年12月購入)


   生涯懶立身   生涯 身を立つるに懶く
   騰々任天真   騰々として天真に任す
   嚢中三升米   嚢中 三升の米
   炉辺一束薪   炉辺 一束の薪
   誰問迷悟跡   誰か問わん 迷悟の跡
   何知名利塵   何ぞ知らん 名利の塵
   夜雨草庵裡   夜雨 草庵の裡
   双脚等間伸   双脚 等間に伸ばす

            沙門 良寛書

安散都久非無閑此能遠可耳 左遠志可当て里閑美奈づき之久礼能 安め尓ぬ礼都々堂天利
朝づく日向かひの岡に小男鹿立てり 神無月時雨の雨にぬれつつ立てり




乙子神社境内に残る最古の石碑(安政五年建 立)

  
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復刻掛軸 (2011年04月購入)



「人間是非一夢中」

半夜
回首五十有餘年
人間是非一夢中
山房五月黄梅雨
半夜蕭蕭灑虚窗

    首を回らせば五十 有餘年
    人間の是非は夢の中
    山房 五月 黄梅の雨
    半夜 蕭蕭として虚窗に灑ぐ


復刻掛軸 (2011年04月購入)



正月十六日夜

春夜二三更
等間出柴門
微雪覆松杉
弧月上層巒
思人山河遠
含翰思万端

都記由幾者 以川波安礼東毛奴者当万乃 気布能己余非耳 奈遠之可数計利

与板 大坂屋
維馨老尼       良寛

 
春夜 二三更
等間 柴門を出づ
微雪 松杉を覆ひ
弧月 層巒を上る
人を思へば 山河遠く
翰を含んで 思ひ万端

月雪はいつはあれどもぬばたまの けふの今宵になほしかずけり


復刻掛軸 (2011年12月購入)




城中乞食了 得々携嚢帰 帰來知何處 家在白雲陲

城中 食を乞ひ了はり
得得として嚢を携へて帰る
帰り来るは何れの処か知る
家は白雲の陲(ほとり)に在り


復刻掛軸 (2011年12月購入)




和我也東者久駕美也眞裳東己非之久波堂門禰轉幾末勢多東利多東利耳

わが宿は、くがみ山もと、恋しくば、訪ねてきませ、たどりたどりに


復刻掛軸 (2011年12月購入)



人も三十四十遠
越天者お東ろへ
由久毛乃な礼者
随分御養生可被
遊候 大酒飽淫
波實耳命を
きる斧な利
由め由め春ごさぬ
よふ尓あ所者さる
べ久候 七尺乃
屏風もお東良
者な登可越ざ
良む 羅綾能
袂も比可波な
東加堂へざ良む
遠能礼本里春る
登ころな利東も
制せ波奈東可
や末ざ良む
 
春も理老       良寛

釈文

人も三十四十を越えては、衰えゆくものなれば、ずいぶん御養生あそばさるべく候。
大酒飽淫は実に命を切る斧なり、ゆめゆめすごさぬようにあそばさるべく候。
七尺の屏風も躍らばなどか越えざらむ。
羅綾の袂(たもと)もひかばなどか絶えざらむ。
己欲りするところなりとも制せば、などか止まざらむ  すもり老 良寛

復刻掛軸 (2012年10月購入)

敬上憐下




復刻掛軸 (2013年11月購入)

飄若浮雲又西去
飄として浮雲のごとくまた西に去る

  

本体:187.5cm×37.5cm
箱書相馬御風(複製)
新潟日報事業社 昭和59年複製限定150部


復刻掛軸 (2014年1月購入)

三世諸佛無佛性 一切衆生有佛性
三世の諸佛に佛性なく 一切衆生に佛性あり



本紙:57.2cm×17.6cm
掛軸寸法:135cm×27cm
箱書山田観山(複製)
原本所蔵 毬子庵
製作:共同印刷 発行:小学館




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