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『梁川星巖翁 附紅蘭女史』 読書ノート(続々々) 伊藤信著 大正14年 梁川星巖翁遺徳顕彰会[西濃印刷株式会社内]刊行


【ノート19】「西帰」

 伊藤信先生の『梁川星巌翁 :附紅蘭女史』より、星巌翁が江戸を去るにあたっての執筆部分をそのまま引き写します。(全集にない漢文は拙くも書き下してみました。)

第6章12節 「西帰」285p

 弘化二年(1845)六月、江戸玉池吟社を閉ぢ西帰の計を決す。人怪しみてその故を問へども答ヘず。強ひて之を叩けば乃ち曰く、

「江戸民物の富庶(物が豊富で人が多い)海内に比ひ無し、口数は五百万人な らんとす。一人一日五合の米を食へば、一月の間に七十萬石を下らず。而してその 米多く海運の便に頼る。近ごろ聞く、英夷猖獗、動(やや)もすれば隔海諸邦に寇し、その取るべきを見れば輙ち奪うて之に據る。西清の香港・舟山(マカオ) の如き、亦た已に彼の有となる。彼の俗、貪婪饜(あ)く無し。一旦巨艦を連ね巨礮(巨砲)を列し、以て房相間を窺覦せば、海運の利、豈に今日の如くなるを 得んや。則ち五百万の生霊、饑餓旦夕に在り。吾輩老羸の身を以て此の間に遅々たれば、転死必せり。則ち去って故山に帰り世と相ひ忘れんす。」と。

 翁が胸中、秘する所の大計あるも表面斯く云ひなせるは是れ、彼の林子平・高野長英等が幕府の諱忌を蒙りて奇禍に罹りし覆轍を踏まざらんが為のみ。佐久間象山の送別の序に曰く、

「進むを知るも退くを知らず。存するを知るも亡(な)きを知らず。得るを知るも喪ふを知らず。天下皆是なり。而して公図(星巌)独り此より決然たり。易に曰く、介于石。不終日。 貞吉(石に介す、日を終へず貞にして吉。:石にかじりついて頑張る。貞正にして吉)、公図はそれ殆ど庶幾(ちか)からんか。予、かつてその詩に序して曰く、それ才の識、 惟(ただ)に詩を能くするのみならずと。けだしまた諛詞に非ざる。」と。

 以てその行を賛せり。此れ豈に真個の知己の言に非ずや。諸友門人置酒して行を餞(はなむけ)す。翁、詩あり曰く、

 乙巳季夏、將西歸題四絶句  乙巳(弘化2年)季夏、将に西帰せんとす。四絶句を題す。

文章不値半文錢  文章値ひせず半文銭
才到曹劉也等閑  才、曹劉(曹植と劉備?)に到るも、また等閑
収拾聲名便歸去  声名を収拾して便ち帰去すれば
一簪白髪舊青山  一簪の白髪、旧青山 
答友人問  友人の問ふに答ふ  (玉池生集五)1062p

 その辞、何ぞ謙抑なる。また諸門生に別を告げて曰く、

成立宛如新竹繁  (諸君の)成立、宛ら新竹の繁る如し
自衿才俊聚吾門  自ら衿る才俊、吾が門に聚る
一朝決別能無涙  一朝決別、能く涙無からんや
看取斑斑滿袖痕  看取せよ、斑斑たる満袖の痕  (同上)

 纏綿情想見すべし。又寓舘に別を告げて曰く。

臨別誰能不黯然  別れに臨みて誰か能く黯然たらざらん  (同上)
無情花竹亦纏綿  無情の花竹もまた纏綿
空桑一宿人猶戀  空桑の一宿すら人は猶ほ恋ふ
況我掩留十五年  況や我が掩留の十五年

 天保三年、江戸に下りてより年を閲する既に十有四、その別を惜みて黯然たるもまた宜(むべ)ならずや。紅蘭女史また留別詩あり。曰く、

 外君唱詩學于江戸從游之徒甚多。乙巳夏將西歸。平生所親者惜別殊深。妾亦黯然。乃賦之以示二首。
    外君(主人)詩学を江戸に唱へて之に従游する徒、甚だ多し。乙巳夏、将に西帰せんとす。平生親しむ所の者、惜別殊に深し。妾また黯然たり。乃ち之を賦して以て示す。

時位知機是吉人  時と位と機を知るは是れ吉人
古來幽顕自然分  古来、(名の)幽顕は自然に分る
移將琴匝書囊去  琴匝(きんそう琴の箱)書囊をもって移し去り
欲入山中臥白雲  山中に入り白雲に臥さんと欲す

歸計已成眉正伸  帰計すでに成って眉、正に伸ぶるも
如何臨別却逡巡  別れに臨みて却って逡巡するを如何んせん
及門諸子誰無涙  門に及ぶ諸子、誰か涙無からんや
最不堪情蓋十人  最も情に堪へざるは蓋し十人  (紅蘭遺稿上)145p

 女史また別に佐久間象山に別る詩あり。云ふ。

 乙巳夏將西歸、奉呈象山先生  乙巳夏、将に西帰せんとす。、象山先生に奉呈す。

陽関聲裡蹙愁眉  陽関(陽関三畳)声裡、愁眉蹙(しじ)めり
受訓多年仰絳帷  訓へ受くること多年、絳帷を仰ぐ
能使含章趨吉利  能く章を含んで(易:才を隠して)吉利(イギリス式)に趨ら使む
豈惟居敬就箴規  豈に惟だに居敬にして箴規に就くのみならんや
婦無専制是常理  婦に(三従あれども)専制無きは是れ常理
龍自幽潜如有期  龍の自ら幽潜するは期有るが如し
閣住闌干分別涙  閣住(不詳)、闌干(はらはら流れる)たり分別の涙
遯肥聊復學栖遅  肥遯(易:豊かに逃げる)聊か復た栖遅(隠棲)を学ぶ  (同上)

 六月二十日、十有四年住み馴れし玉池吟舘に別を告げ江戸を発して路を中仙道に取る。諸友門人等送りて板橋駅に至り、更に旗亭に別杯を挙ぐ。紅蘭女史の詩に曰く。

 乙巳六月廿日發江戸。諸舊送至板橋驛。酒間賦長句以叙別。  
 乙巳六月二十日、江戸を発す。諸旧送りて板橋駅に至る。酒間、長句を賦して以て別れを叙す。

薫風相送上河梁  薫風相ひ送って河梁(送別地の謂)に上る
柳色依依映客装  柳色依依たり客装に映ず
行向家山雖可喜  行きて家山に向ふは喜ぶべきと雖も
情纏舊友易囘腸  情は旧友に纏り腸を回し易し
雨和涙滴連綿下  雨は涙滴に和し連綿として下り
酒帶離愁寂莫香  酒は離愁を帯びて寂莫として香る
預卜他時夢君地  預め卜す、他時、君を夢むるの地
白雲堆裡碧溪旁  白雲堆裡、碧溪の旁らなり

迢遞關山碧樹烟  迢遞たる関山、碧樹の烟
星霜漸老有誰憐  星霜、漸く老いて誰有りてか憐まん
魂飛家國一千里  魂は家国に飛ぶ、一千里
跡滯江城十五年  跡は江城に滞る、十五年
無頼浮雲能聚散  無頼の浮雲、能く聚散し
多情黄鳥亦嬋妍  多情の黄鳥もまた嬋妍たり
萍心未定重來計  萍心、未だ定らず、(巻土)重来の計
莫怪茲行易黯然  怪しむ莫れ、茲の行、黯然たり易きを  (紅蘭遺稿上)148p

 当時門下詩人として名声世に著れしもの、大沼枕山、小野湖山、岡本黄石、鈴木松塘、遠山雲如、竹内雲濤の諸子、佐久間象山また来て社中に在りと雖も詩を以て自ら任ずる者に非ざれば自ら別あり。 然れども時事を論じて意気大いに合するものあり、殆んど弟子の礼を執る。翁が中仙道を経て西故園に帰るや、鈴木松塘、橘湘雲ら諸弟子送りて美濃に到り、象山また従行して常に紅蘭女吏の輿を護せりと云ふ。以てその心服の状を想見すべし。

 送星巌梁先生歸美濃   星巌梁先生の美濃に帰るを送る   小野湖山

偶然揮筆詠歸去  偶然たり(先生)筆を揮ひて帰去を詠ず
元亮原無官可辭  元亮(この陶淵明は)原(もとよ)り、官の辞すべきも無く
絶世風華誰不羨  絶世の風華、誰か羨まん
滿腔慷慨少人知  満腔の慷慨、人の知ること少く
迂疎何任傳衣鉢  迂疎(回りくどい)にして、何をか任じて衣鉢を伝ふる
羇旅尤嫌説別離  羇旅、尤も嫌ふは別離を説くこと
我是韓門詩弟子  我は是れ韓門の詩弟子たり (難解な韓愈を慕った高弟たち)
幾時絳帳得重披  幾れの時か、絳帳の重ねて披く(開塾)を得ん (湖山樓詩鈔巻四)

 送星巌梁翁西歸   星巌梁翁の西帰するを送る         大沼枕山

魚知潜伏鳥知還  魚は潜伏を知り鳥は還るを知る
莫怪高人戀故關  怪しむ莫れ、高人、故関を恋ふるを
巣父佯狂將入海  巣父は佯狂して将に海に入らんとするも
浩然本意在歸山  浩然たる本意は帰山に在りし
音容一別暮雲外  音容一別、暮雲の外
唱和十年春夢間  唱和十年、春夢の間
明日橋頭分手處  明日橋頭、分手の処
雨痕涙點満襟斑  雨痕、涙点、満襟斑らなり (枕山詩鈔)

※(湖山が「先生」付けなのに枕山はやっばり「翁」なんですね。)

 星巌居士有隱山之意。象山平子知之。乃歌楚聲以留之。  
 星巌居士、山に隠るるの意有り。象山平子これを知る。乃ち楚声にて歌ひて以て之を留む。   佐久間象山

※(このひとの性分が磊落型破りであったことが感じられ、所謂「留別」の意でなく本当に行くのを留めてゐるやうな真情を感じます。)

靜房邃宇兮陌之陲   靜房邃宇(大邸宅)、陌(大通り)の陲(ほと)り
竹樹苯{艸尊}兮蔭清池  竹樹ほんそん(萋萋)として、清池を蔭(おほ)ひ
龜魚噞喁兮水緑波  亀魚噞喁(パクパク)する、水緑波
文之檻兮繡之帷  文(あや)の檻(闌檻)、繡の帷(とばり)
絃誦息游兮與時宜  絃誦、息游(悠悠と学ぶ)、時宜と与(とも)にす
芳馨播兮繽紛  芳馨、播いて繽紛
士之集兮如雲  士、之(ゆき)て集る、雲の如し
君胡爲兮不自聊  君、なんすれぞ自ら聊(やすん)ぜざる
與彷徨兮焉求  彷徨、なにをか求めんや
晝冥々兮雨風  昼は冥々たり雨風
心悄々兮有忡  心は悄々たり忡(うれ)ひ有り
道路漫兮修遠  道路、漫りに修遠
山川阻兮多蹇  山川阻(けは)しくして、多く蹇(なや)む
滞風波兮高堰  風波滞る高堰
憩積雪兮峭坂  積雪憩ふ峭坂
[萍]廓落兮無友伴  [萍]、廓落(広大)にして友の伴ふ無く
魂懭恨兮銷損  魂、懭恨(うら)みて銷損
攀畏途兮[跀]絶巘  畏途に攀づるも絶巘に[跀](あしき)られ(※畏途巉岩不可攀 李白)
憊疲勞頓兮人思返  憊疲、勞頓(ひたぶる)にして人思返さん
幽崖陰壑兮虺蛇蟠結  幽崖陰壑、虺蛇、蟠結し
僻聚荒郷兮魈魅狐{山辟虫}  僻聚荒郷、魈魅狐{山辟虫}
廻飆{風日}起兮裳衣縷裂  飆を廻はし大風起ちて裳衣縷裂す
瘴烟毒霧兮將哽將噎  瘴烟毒霧、将に哽(むせ)び将に噎(むせ)ぶ
羇旅之情恫々兮悲々  羇旅の情、恫々にして悲々
{忄替}々兮悽々  さんさん(いたましい)にして悽々
在室兮以思  室に在りて以て思ふ
中怵、兮意迷  怵、(憐みの心)に中(あた)りて意迷ふ
君胡爲兮弗恟  君なんすれぞ恟(おそ)れざる
憺不憚兮西東  憺(恬淡)として憚らず、西東
上土兮遠害  上土(不詳)、遠害
棲神兮塵之外  神(精神)は棲む、塵(俗世間)の外
都城兮通衢  都城、通衢
宛天姥兮匡廬  宛(さなが)ら、天姥(天姥山)匡廬(廬山:ともに仙山)
竹竿々兮水{氵虢}々  竹は竿々、水はかくかく(水の音)
風嫋々兮桂夜落  風は嫋々、桂、夜に落つ
鳥嚶々兮蟲啾々  鳥は嚶々、蟲は啾々
夫君兮可留  夫君、留るべし
托踪何必雲峯之幽  踪を托すは何ぞ必しも雲峯の幽のみならんや (象山全集)

 送星巖先生紅蘭女史還美濃   星巖先生・紅蘭女史の美濃に還るを送る  森田梅礀

多度仙山養老泉  多度の仙山(多度大社)、養老の泉
江湖游倦夢相牽  江湖游び倦んで夢、相ひ牽く
門依然在推無日  門は依然として在り、推すに日の無く
柳裊乎垂待有年  柳は裊として垂れ、待つに年有り
人歛東西南北跡  人は歛(のぞ)む、東西南北の跡
詩傳甲乙丙丁編  詩は伝ふ、(星巌集の)甲乙丙丁の編
還家須變芳名姓  家に還りては、須らく芳名姓を変ずべし
恐引群趨到洞天  恐る、群を引き趨りて、洞天(星巌のゐる仙界)に到らんこと

鹿車遂願且忘貧  鹿車(小さな車)願を遂げ且つ貧を忘る
甕汲執勞何愛身  甕汲労を執る、何ぞ身を愛せん
溪近琴心調沕潏  溪近く琴心、ぶついつ(水の流れ)を調し
雲暗畫意托嶙峋  雲暗く画意、りんじゅん(山の険しき)に托す
螢窓縁在眞夫婦  蛍窓(蛍窓雪案の志)、縁在り、真の夫婦
眉案恭存宛主賓  眉案(挙案斉眉の節)、恭く存す、宛(あたか)も主賓
弟子天涯休顧慮  弟子は天涯なるも顧慮するを休(や)めよ
幸然中饋有斯人  幸然たり、中饋(台所仕事)にこの人(紅蘭)有り (梅花鶴影荘集二集)

 送橘楚香從星巖先生赴美濃   橘楚香が星巖先生に従ひ美濃に赴くを送る       森田梅礀

都門風月舊交親  都門の風月、旧き交親
説到解携情最眞  説、解携(分手)に到りて、情、最も真(まこと)なり
羨汝即今仙者僕  汝を羨む、即ち今は仙者の僕
嗟余仍舊官途人  余は嗟く、舊に仍りて官途の人
雲分青白天應別  雲は青白を分ち、天まさに別るべし
泉異廉貧地豈鄰  泉は廉貧を異とし、地も豈に鄰ならんや
他日騒壇重得見  他日の騒壇、重ねて見得れば
阿蒙非復以前身  (呉下の)阿蒙は復た以前の身には非ざらん (梅花鶴影荘集二集)

 奉呈星巌先生       宇野南村

風檣雪棧八千里  風檣、雪桟、八千里
斷梗浮萍三十秋  断梗浮萍(住所不定)の三十秋
盛名鳴詩非左計  盛名、詩に鳴りしは左計(失策)にあらず
故丘投老亦良籌  故丘、老を投ずるもまた良籌(良策)
園中杞菊魯望賦  園中の杞菊、魯望の賦(杞菊賦:自らなだめる詩)
江上蓴鱸張翰舟  江上の蓴鱸、張翰の舟(蓴鱸之思:故郷思慕の詩)
今日歸來未爲晩  今日の帰来、未だ晩ならず
滿簪尚黒九分頭  満簪、尚ほ黒し、九分の頭  (南村遺稿)上巻11丁

2010年4月26日up / 5月6日update


【ノート20】帰臥充電

 ふたたび伊藤信先生の『梁川星巌翁 :附紅蘭女史』(第七章 京都時代 一.故國の帰臥 290p)より、執筆部分をそのまま引き写します。併せて岐阜における作品を『梁川星巌全集』から抜き出して加へておきました。(全集にない漢文書き下しや解釈の責は管理人にあります。)

 弘化二年(1845)七月、郷里曾根村(現大垣市)の草堂に帰臥し、賦して云ふ。

 回郷絶句三首

絶佳風味聚吾郷  絶佳の風味、吾郷に聚る
白首歸來滿意嘗  白首[白髪]帰り来りて、満意[充分]嘗む
好在溪山秋次第  好在[昔ながら]の溪山、秋の次第は
鰛魚香老蕈花香  鰛魚[溪鰛=鮎]の香、老いて、蕈花[松茸]香ばし

滿堂茶靄染衣巾  満堂の茶靄、衣巾に染む
重見團欒情語眞  重ねて見る、団欒情語の真(まこと)を
一夢杳然蹤已隔  一夢杳然として蹤(あしあと)すでに隔たり
瓊花璧月麗都春  瓊花璧月、麗都[江戸]の春

天上鸞龍豈不好  天上の鸞龍、豈に好からざらんや
何如戢影混漁樵  [されど]何んぞ如かん、影を戢(おさ)めて漁樵に混れるに
千竿水竹一間屋  千竿水竹、一間の屋
笑比詩人丁卯橋  笑って比す、詩人の丁卯橋[唐の詩人、許渾の別荘]と。   (星巌遺稿西帰集)全集第2巻1p

 白頭、好溪山の間に帰来して、郷味の好(よしみ)と団欒の情を味ふ。其の喜び知るべきなり。又、詩あり。曰く、

 村舎雑吟五首

賁趾衡茅聊謝名  「賁趾※」の衡茅[茅屋]、聊か名は謝す[凋む] ※[易:賁其趾。舎車而徒。其の趾(あし)を賁(かざ)る。車を捨てて徒(かち)にす。義において乗らず。隠遁の謂]
雲林煙壑儘幽情  雲林煙壑、まま幽情
人間踏地風濤起  人間(じんかん)、地を踏めば風涛起る
莫怪[厂龍] 公不入城  怪しむ莫れ、(ほう公=ほう統: 三国志人物、鹿門山に隠れた)の城に入らざるを

風月琴尊併一抛  風月琴[樽]、併せて一抛
フ門常閉鎖蓬蒿  [閑]門[用のない門]、常に閉ぢて蓬蒿に鎖す
不知老懶不堪事  [世の人は]知らず、老懶(ろうらん)にして事に堪へざるを
只道先生偏養高  [そして]只だ道ふ、先生偏へに高きを養へりと

休問文章工不工  問ふを休めよ、文章の工、不工を
殘生半酔半醒中  残生は半酔、半醒の中
門庭藩溷皆毫楮  “門庭藩溷[家のどこにも]”皆な毫楮[筆と紙]とは多事當年左太仲  多事なり、当年の左太仲[晋の詩人左思。家中に筆と紙を置いて詩作した。]

採採畦蔬風露香  畦蔬を採り採りすれば、風露香ばし
百年茶飯是家常  百年、茶飯是れ家の常
不知持底爲生日  知らず、底(なに)を持ちて生日と為さん
貰得南村小宰羊  貰ひ得たり、南村[宇野南村?]の小宰羊[豆腐]

連朝霜氣得牢晴  連朝の霜気、牢晴[快晴]を得たり
問水尋山取次行  水を問ひ山を尋ねて取次に[次第に]行く
野菊鋳金楓曝錦  野菊は金を鋳て、楓は錦を曝す
人家籬落太分明  人家の籬落、太だ分明なり (西帰集)3-5p

 自ら峴山の[ほう]公に比擬し、杜門高臥、吟詩三昧に入りて、世と相遣るものの如し。
 七月二十三日、旧友村瀬藤城来たり訪ふ。翌二十四日、藤城及び江馬細香と共に大垣の小原鐵心を訪ひ、詩酒相唱酬せり。時に藤城賦して曰く、

 過小原君鐵心居与星巌細香同分韻得十灰  小原君鐵心居を過り星巌、細香と同じく分韻して「十灰」を得

泛泛白鷗盟未灰  泛泛(はんぱん)たる白鴎、盟[白鴎社のこと]、未だ灰ならず
一行聯歩上高臺  一行聯歩して高台に上る
鼈裙棘髪香魚酢  鼈裙[すっぽんの甲羅]、棘髪[不詳]、香魚の酢[寿司]※珍味の数々
樹影蝉聲碧玉盃  樹影、蝉聲、碧玉の盃
道蘊眼花猶解頤  道蘊、眼花、猶ほ頤を解くがごとし
浪仙身痩轉馳才  浪仙、身痩せて、うたた才を馳す
登龍又是同河溯  登龍また是れ河を同うして溯る
軟榻凉邊笑口開  軟榻[sofa]の凉辺、笑ひて口開く   (藤城日記 ※佚書)

 また、

乙巳十月念六。陪小原君。游問水会心亭。賦長句四韻以呈。   乙巳十月念六(26日)。小原君に陪して問水会心亭に游ぶ。長句四韻を賦して以て呈す。

雨霽林泉正夕陽  雨霽れて林泉、正に夕陽
陪遊何幸飽風光  陪遊、何の幸ひぞ、風光に飽く
千山寒早老楓色  千山、寒早くして老楓の色
萬戸秋収新稲香  万戸、秋は収む新稲の香
擬去民痍自消骨  擬去民痍自消骨
毎論河決輙囘膓  毎に河決を論ずれば輙ち回膓
政餘対客多清興  政余、客に対して清興多く
酔誦豳風七月章  酔いて誦す、「豳(ひん)風七月の章」  (紅蘭遺稿上)151p

 藤城、細香並に金森鞄庵等の白鴎社諸子と交遊せることも旧の如し。冬十一月匏庵に与へし書翰に云ふ。

芳墨拝誦、先づ以て起居倍々(ますます)清勝賀し奉り候。此間は久々にて拝話、殊に緩々(ゆるゆる)留歓、御馳走に預り、謝し奉り候。然らば「坤輿図説」並に「図絵西洋一件」の書、 外方へ借し置き候。両三日の内に取戻し持たせ差し上げ候間、暫く御待ち下さる可く候。小生も弥(いよいよ)来月三日頃には御地へ引移り申す可く候。何分宜敷く願ひ奉り候。貴稿一冊、 慥かに落手仕り候。拝見終り次第に持たせ差上げ申す可く候。萬在面盡(萬づ面して尽きる在らん)。草々頓首
十一月廿八日   星巖
煙漁老契             (金森毅庵氏所藏)

 身は山中に帰臥せるも、憂國の心は須臾も念頭を去らず、同志と倶に国事を議したるなりき。
 やがて移りて大垣に寓し、依然旧友諸子相唱酬せり。特に飽庵は其の家、翁が寓居と相近きを以て、日夕相往来して翁の指画を受けたり。当時藤城、匏庵の詩巻の後に書して云ふ。

士機(匏庵の字)曽て詩を星巌先輩に学べり。星巌東遊して、士機久く羨望を禁ぜず。今また乃ち星巌郷へ帰り、遂に其の家を移す。士機と閭閻相くして過従(行き来)日に密なり。 其の歩趨に遵ひ、其の指画を奉ず。別けて自ら其の学を速成せんとする者なり[論語故事を以て揶揄]。 (藤城遺稿※公刊本に収録されなかった散佚部分)

以て両個の交態を知るべし。また当時紅蘭女史は細香女史と頗る親密に相交れるものの如く、女史が細香に贈れる詩に云ふ。

 乙巳仲冬賦一律以贈細香女史

夙出風塵高自持  夙に風塵を出でて高く自ら持す
茗姻香靄読書帷  茗姻、香靄、読書の帷
貞心一片竹石見  貞心一片、[最高の描く]竹石に見(あら)はれ、
孝行百年天地知  孝行百年、天地知る
劍到張華方作寶  剣は張華に到り、まさに宝と作(な)し[名剣発見の故事]
馬非伯樂不稱奇  馬は伯楽にあらざれば、奇と称さず[名馬鑑定の故事]
暗明有數復何嘆  暗と明と数[命数]有り、復た何ぞ嘆かん
萬古月輪盈則虧  万古、月輪は盈ちれば則ち虧けり  (紅蘭遺稿上)152p

 細香女吏の和詩に云ふ。

 自述用紅蘭女史所寄詩韻

休言筆研自矜恃  言ふを休めよ、筆研自ら矜恃すると
老去寒閨下翠帷  老い去りて寒閨、翠帷を下ろす
魚躍鳶飛皆至理  魚躍鳶飛、皆な至理[理にかなってをり]
梅香竹色旧相知  梅香竹色、旧とより相ひ知れり
酒如交友偏宜淡  酒は交友の如く、偏へに淡きが宜しく
詩似見山更愛奇  詩は山を見るに似て、更に奇なるを愛すべし
人世箇中有閑樂  人世、箇の中に閑楽有り
却疑天上月盈虧  却って疑ふ、天上の月の盈虧するを  (湘夢遺稿 巻之下)門玲子氏本訳本467p

 紅蘭の病に臥するや、細香女史贈るに早梅一枝を以てす。紅蘭乃ち謝詩あり。云ふ、

 病中。細香女史。見贈早梅

閑窓臥病養幽慵  閑窓臥病、幽慵を養ふ
忽見寒香附一封  忽ち見る、寒香、一封を付したるを
花自清癯字疎澹  花は自ら清癯にして、字は疎澹
想君平素好儀容  想ふ、君が平素の好儀容  (紅蘭遺稿上)154p

 以て両個交情の密なりしを想見すべし。旧門人字野南村(名は義以、字は子方、通称忠三郎、大垣藩士。夙に玉池吟社に参し、詩を翁に学ぶ。)また同郷の故を以て常に往来唱和せり。

 明くれば弘化三年丙午元日、弟仲建の子長虔に示す一絶あり。詩に曰く。

 丙午元日。示侄長虔   丙午元日。侄[甥]長虔に示す

阿弟持家八口全  阿弟、家を持って八口[8人]全(まった)し
読書更有仲容賢  読書、更に仲容[阮籍の甥である阮咸]の賢有り
春風歓笑傳婪尾  春風、歓笑して婪尾[饗宴の終り]を伝ふ
欠此圝頭二十年  此の欒頭を欠くこと、二十年  (西帰集)6p

 骨肉団欒の歎想見すべし。此の間、室紅蘭女史の春蘭の画に題する詩及び、門人市島追蠡(名は泰、字は交通、越後の人、家甚だ富む)の詩草に題する作あり。
 正月下旬紅蘭女史を携へ、出で、岐阜に遊び、藍河の畔、西行庵に寓す。詩友来り訪ひ、唱和虚日なし。二月十二日一如庵百華道人(初め蘿月庵と号す。江州松の尾妙覚精舎の僧。 当時遊歴して濃州武儀郡白金村に草庵を結び華道を授く。)の為に其の著『松月堂古流岐陽百瓶』の跋を作る。云ふ。

 百華道人以挿花得名遠邇。來受業者日多。而岐阜為最矣。頃者以其門人所挿者為譜。請余題巻端。乃録二十八字云。
 百華道人、挿花を以て名を遠邇に得る。来たり業を受く者、日に多し。而して岐阜を最と為せり。頃者、其の門人挿す所の者を以て譜を為す、余に請ふて巻端を題す。乃ち二十八字を録すと云ふ。

一双毎倒沙頭玉  一双、毎(つね)に倒る、沙頭の玉
百尺長沈井底銀  百尺長く沈む、井底の銀
何物瓦瓶能大膽  何物ぞ、瓦瓶の能く大胆なる
涵來三萬六千春  涵し来るは三万六千の春
時弘化三年丙午花朝。余在岐山之西行庵。風雪滿林。紛如百花争發。亦一奇観也。啜苦茗一杯炙研以造字。
時は弘化三年丙午の花朝。余、岐山の西行庵に在り。風雪林に満ち。紛如として百花争ひ発(ひら)く。また一奇観也。苦茗一杯、研炙[磨り炒る]を啜り、以て字を造る。 (岐陽百瓶)

 と、是なり。当時翁の詩名天下に喧しく、詩及び書画を索むるもの難然麕至し、之が為に淹留すること一箇月余、途に早桜の候に及び、花を稲葉山に賞するを得たり。詩あり、云ふ。

 正月下旬遊岐阜。索詩又書画者雑然麕至。爲之淹留匝月。遂得及早櫻候而賞之。援筆紀喜。
 正月下旬岐阜に遊ぶ。詩また書画を索むる者、雑然として麕至(きんし:群り集まる)す。之が為に淹留月を匝(めぐ)り、遂に早桜の候に及びて之を賞することを得る。筆に援られて喜びを紀す。

筆奴能作看花媒  筆奴、能く看花の媒を作す
滞我行笥不放囘  我が行笥を滞らして回るを放たず
乍暖乍寒過一月  乍ち暖く乍ち寒くして、一月を過ぐ
晩梅漸謝早櫻開  晩梅漸く謝して早桜開く   (西帰集)8p

 紅蘭女史また賦して云ふ。

 岐山西行庵即事

繞舎山櫻萬萬枝  舎を繞る山桜、万々の枝
東風早已逼芳期  東風、早や已に芳期に逼る
行笥整了猶留戀  行笥、整ひ了るも猶ほ留戀
争奈春寒花較遅  争奈春寒の花と較遅    (紅蘭遺稿上)159p

 二月晦日。西行庵書事。

夜雨蕭森歇復鳴  夜雨、蕭森として歇み復た鳴る
夢囘窓紙已微明  夢回(めぐ)り、窓紙すでに微かに明かなり
也知花候漸相逼  また知る、花候の漸く相ひ逼れること
衾枕春融睡不輕  衾枕、春に融けて睡り軽からず    (紅蘭遺稿上)160p ※当時金華山麓に西行庵があったらしいが現在位置が不明である。

 此の間、手島氏の山色不離楼に遊び、詩を題して云ふ。

 題手島氏書楼。楼對金華山。又有花木之勝。  手島氏の書楼に題す。楼は金華山に対す。また花木の勝有り。

豈唯山色不離楼  豈に唯だに山色の楼を離れざるのみならんや
也有花香入座流  また花香有りて座に入りて流る
臥嗅花香醒渇夢  臥して花香を嗅いで渇夢を醒まし
起看山色洗塵眸  起きて山色を看て塵眸を洗ふ   (西帰集)8p

 三月岐阜を辞して黒野村に伊藤柹園(通称利左衛門、晩に利八といふ。書を能くし最も楷行に長ず。現戸主弆治郎氏の祖父)を訪ひ、留まること約二旬、紅蘭女史詩あり。

 丙午三月訪柿園藤氏

浮世何處是知音  浮世何の処か、是れ知音
來問春風翰墨林  来りて問ふ、春風翰墨の林
天地居然同氣應  天地居然として同気応ず
世間何啻伯牙琴  世間何ぞただに伯牙の琴[知音の故事]のみならんや  (紅蘭遺稿上)163p

 其の間、御望村犬塚[黒野の字]に郷網川(名は實善、通称元之進、晩年隠居して餘齋と号す。詩を翁に問ふ。)を訪ふ。網川倒屐歓待す。其の詩に云ふ。

 謹奉呈星巖先生

倒履邀鴻駕  履を倒して鴻駕[梁鴻の駕]を邀ふ
光輝滿水巒  光輝、[池に映った]満水の巒
嵩雲他年志  嵩雲、他年の志
村酒一堂歓  村酒、一堂に歓し
和氣教心酔  和気、心酔せ教む
春襟抵海寛  春襟、海寛に抵りて
重期君許諾  重ねて期せん、君が許諾を
或恐見來難  或は恐らくは見(まみ)え来ること難からん

 送星巖先生

詩屐趨陪一室歓  詩屐[不詳]趨りて陪す、一室の歓
好談風月洗塵肝  好し、風月を談じて塵肝を洗ふ
相逢無幾還相別  相ひ逢ふて幾くも無く還た相ひ別る
逢別却爲夢裏看  逢別、却て夢裏に看ることと為らん   (網川遺稿)※不詳。

 此の間また郷氏(網川の宗家、只右衛門氏。現戸主掃石、郷佐太郎氏の先代)の楽山堂を訪ひ、汪滋穂の山水画巻を観る。紅蘭女史の詩に云ふ。

 郷氏樂山堂。觀汪滋穂米家山水横巻。墨法精妙。殆入神品。余不能釋手。遂借以歸寓。臨摸渉數日。胸中欝結為之消散。乃題一絶。
 郷氏の楽山堂にて汪滋穂の米家山水横巻を観る。墨法精妙、殆ど神品に入る。余、手を釈(お)く能はず。遂に借りて以て寓に帰る。臨摸数日に渉りて、胸中の欝結、之が為に消散す。乃ち一絶を題す。

囘岑層岫滿生綃  回岑、層岫、生綃[絵絹]に満ち
留我因循過幾朝  我を留めて因循、幾朝を過さしむ
霞吐烟呑呈幻相  霞吐き烟呑み、幻相を呈す
胸懷從是轉高超  胸懐、是れ従(よ)りうたた高超  (紅蘭遺稿上)164p

 岐山の桜花、正に盛なるを聞き、往かんと欲すれども雨に阻せられて往く能はず。翁乃ち賦して云ふ。

 黒野客中聞岐阜花事正盛。阻雨不能往悵然賦此。

春水漸高津不通  春水漸く高くして津、通ぜず
客牖連日雨濛濛  客牖連日、雨濛濛たり
濕香吹入紅蕤枕  濕香吹き入る、紅蕤(こうずい)の枕
夢在櫻雲黯澹中  夢は桜雲の黯澹たる中に在り   (西帰集)9p

紅蘭女史亦詩あり、云ふ。

 寄題岐山櫻花。在黒野作   寄題岐山櫻花。在黒野作
軽寒多暖易銷魂  軽寒、多暖にして、銷魂し易く
却及盛開淹遠村  却て盛開にして遠村に淹(とどこほ)るに及ぶ
十日霪霖春欲晩  十日の霪霖、春、晩ならんと欲す
風揉雨練又黄昏  風に揉まれ雨に練られてまた黄昏

飛花粉濕送香來  飛花の粉湿りて、香を送りて来る
可耐狂霖聲裏開  耐ゆべけんや狂霖の声裏に開くを
萬斛春愁人在夢  万斛の春愁、人は夢に在り
欲呼青帝杳無媒  青帝[春の神]を呼ばんと欲すれども杳として媒(なかだち)無し  (紅蘭遺稿上)165-166p

三月廿二日、やうやく黒野を辞して再び岐阜に抵り、稲葉山に桜花を賞す。紅蘭女史賦して云ふ。

 三月二十二日岐山看花二首

酒肆茶房錦作圍  酒肆と茶房と、錦、囲を作す
明妝春艶鎖晴暉  明妝、春艶にして晴暉を鎖さん
漫空漾漾香如海  漫空、漾漾として香、海の如く
風捲波濤驚欲飛  風は波涛を捲いて、驚き飛ばんと欲す

黄鳥聲中芳事闌  黄鳥の声中、芳事は闌(たけなは)たり
春光將盡却輕寒  春光の将に尽きんとして却って軽寒
千端愁緒霏霏雪  千端愁緒、霏霏の雪
猶剰三分與我看  猶ほ剰す三分、我に与へて看せしむ  (紅蘭遺稿上)167p

 尋いで長良村の崇福寺に遊ぶ。翁詩あり、日く。

 遊崇福寺

松檜陰晴古梵宮  松檜、陰晴し、古梵宮
喫茶打話舊家風  喫茶打話、旧家の風
阿師能轉雷霆舌  阿師、能く転ず、雷霆の舌
博得耳官三日聾  博し得たり、耳官[器官]三日の聾

朝施暮捨更無端  朝に施し暮れに捨てて更に端なく
七寶荘厳指一弾  七宝荘厳[仏堂を美しく飾る]は指一弾
後二千年人尚惑  [釈迦入滅]のち二千年、人は尚ほ惑ふ
黄頭老子太顢預  黄頭の老子、太だ顢頇(まんかん:事理明らかならず)たるを       (西帰集)9p

 やがて岐阜を辞し、北方(きたがた本巣郡)を過りて郷に帰れり。此の間岩手村(不破郡)に旧友神田柳溪を訪ひ、其の南宮山房に題して云ふ。

 題神實甫南宮山房

繞屋煙嵐三四峯  屋を繞(めぐ)る煙嵐の三四峯
燕居正好養幽慵  燕居、正に好し、幽慵を養ふに
尊前笑讀奇人傳  樽前、笑って讀む『奇人傳』
窓下フ修怪石供  窓下、[閑](しづ)かに修む、[蘇東坡の]『怪石供』
豈啻荘周能化蝶  豈にただに荘周(荘子)の能く蝶に化すのみならんや。
也知李耳是猶龍  また知る、李耳[老子]も是れなほ龍のごとき[に化すこと]を
有時信脚尋花去  時あらば脚にまかせて花を尋ねて去る。
五尺身材七尺笻  五尺の身材、七尺の笻[杖]    (西帰集)10p

 かくて故園に帰臥すること十閲月、白頭未だ隠栖を許されず、再び行李を整へて京に出づるに至れり。

 過星巌先生故寓 先生有枕易行窩之號   森春濤
 星巌先生の故寓を過る 先生「枕易行窩(居を別荘に移しやすい男)」の号有り。   森春濤

矮小茅庵俯澗阿  矮小たる茅庵、澗阿[谷川の亭]に俯(伏)す
軒窓一半鎖煙蘿  軒窓の一半は、煙蘿に鎖す
青松私寓屋鳥意  青松、私(ひそ)かに寓す、屋鳥の意に
曾是先生枕易窩  曽て是れ先生の「枕易窩」

 星巖先生秋江釣図。次圓上元韻

三十六灣何處邊  三十六湾は何処の辺りぞ
蘆花淺水跡茫然  蘆花浅水、跡茫然たり
當時只寫平生夢  当時を只写す、平生夢
小釣舟眞大願船  小釣舟は真に大願の船

 手嶋氏山色不離楼。次星翁留題韻。

眞成山色不離楼  真成なり、山色、楼を離れず
應有離山素月流  応に山を離るる素月の流れ有るべし
暮色上簾燈未到  暮色、簾を上げる、燈未だ到らず
佳人倚檻注星眸  佳人、檻に倚りて星眸を注ぐ

 崇福寺和梁先師舊韻

天分山色與琳宮  天は山色を分ちて琳宮に与ふ
門有松聲挾水風  門に松声有りて水風を挾む
若使阿師談世事  若し阿師をして世事を談ぜ使むれば
雷霆爲舌付佯聾  雷霆、舌と為すとも[我は]佯聾[聞こえぬふり]に付さん

塵沙歴劫本無端  塵沙歴劫、本より端無し
渾付雍門琴一弾  渾て付す、雍門[琴曲]の琴一弾に
老子黄頭君可恕  老子黄頭、君、恕すべし
書生白面更顢預  書生の白面は、更に顢頇  (岐阜雑詩)

 弘化三年丙午夏四月、復た梨花村草舎を辞し、南、勢伊に遊びて後、京師に入らんとす。発するに臨み村含の壁に題して云ふ。

 將南遊題村舎壁

疎離矮屋淺沙灣  疎離矮屋、浅沙の湾
[若若若]苴余生祗合フ  [若若若]苴(らそ:事を成して道理に当たらぬ)たる余生、祗(ただ)まさにフ[閑]なるべし
未免営々爲飯盌  未だ営々たるを免れず、飯盌[椀]の為に
一揮棄去故郷山  一揮棄て去る故郷の山        (西帰集)12p

 紅蘭女史また賦して云ふ。

 將赴勢州賦二絶

此生能得幾時休  此の生、能く得んや、幾時の休
鳳泊鸞飄四十州  鳳は泊し、鸞は飄る、四十州
自笑還郷無屋舎  自ら笑ふ、郷に還りて屋舎無きこと
明朝孤棹又南遊  明朝、孤り棹さしてまた南遊す    (紅蘭遺稿上)171p

 丙午初夏。将南游。舟發大垣。宇野士方及家侄長虔。送至船附。賦以留別。
 丙午初夏。将に南游せんとす。舟、大垣を発す。宇野士方[南村]及び、家侄長虔。送りて船附(ふなつけ)に至る。賦して以て留別す。

江柳依々江草深  江柳、依々として江草深し
鳴蛙流水亦郷音  鳴蛙、流水、また郷音
別來一紙雁魚信  別来、一紙の雁魚の信[手紙のこと]
只恐山川遙易沈  只だ恐る、山川、遥かにして沈み易きこと    (紅蘭遺稿上)172p

 四月十七日發大垣至長島舟中作。  

一篙煙水碧茫茫  一篙(さお)の煙水、碧茫茫たり
舟路東連百八郷  舟路、東に連る、百八の郷
好是南風菰米熟  好し是れ南風、菰米[まこもの実]熟せり
家家午甑爨珠香  家家の[昼飯の]午甑、珠を爨(かし)いで[混ぜご飯]香し        (西帰集)12p

 やはり故郷での充電を終へた星巌には、再び故郷を捨て去る解放感が感じられ、一方、夫よりも沢山の詩を故郷に残してゐる紅蘭は、江馬細香といふ得難い同性の先輩との交流を惜しむほか、 故郷にあって故郷を愛することのできる人柄であるのが一篇一篇から感じられます。しかもどこに飛んでゆくのか分からぬやうな夫と常に行動を共にして、 どこにあっても自足する喜びを見つける闊達な人でもあったといふこと、細香が恋において自由であったならこの人は見聞において当世の規範から解き放たれた女性であったと呼んでいいのではないでせうか。 子のない夫婦の常として、江戸ではウサギ、京都ぢゃハトを可愛がってゐたなんてのも、慷慨詩人の妻の日常を語って微笑ましいです(もっとも京都の鳩は志士との連絡役を買った伝書鳩であった可能性も否定できないんですが…)。

 この後の伊勢遊歴の消息は、伊藤宗隆氏による近刊『梁川星巌・紅蘭「京への道」 桑名・ひとときの休息』(文芸社2007/12)に詳しいので御覧下さい。

 さて、その他美濃淹留中にものされた夫婦の詩を以下に一括して掲げます。

 秋晴

晴山野水弄清姿  晴山野水、清姿を弄し
又是陳柯捲翠時  また是れ、陳(ふる)き柯(えだ)の翠を捲[巻き収める]く時
木末芙蓉秋未老  木末の芙蓉、秋、未だ老いざれど
堂中蟋蟀夜猶悲  堂中の蟋蟀、夜、猶ほ悲し
一瓢聊自安顔巷  一瓢、聊か自ら顔安んずるの巷
九辯何曾擬楚辞  九辯[楚辞の一]、何ぞ曽て楚辞に擬せんや
萍梗半生今故国  萍梗[あてどない]たる半生も、今は故国
不妨霜露日凄其  妨げず、霜露日(ひび)に凄其[せいし:寒い様]なるを  (紅蘭遺稿上)150p

 竹窓聴風

不啻風宜月亦宜  啻だに風宜しきのみならず、月もまた宜し
揺窓翠影鳳來儀  窓、翠影を揺らす、鳳来儀[宮廷舞踊曲]
聲音自協黄鍾律  声音、自ら協(かな)ふ、黄鍾律[楽律]
始信虚心是我師  始めて信ず、[竹の洞にして]虚心こそ是れ我師なりと  (紅蘭遺稿上)151p

 渓橋雪月風

一溪寒月滿山花  一渓の寒月、満山の花
白綴金流燦闘華  白[雪]は綴り、金[光]は流れ、燦として華を闘はす
照徹黄昏橋下水  照徹す、黄昏、橋下の水
也勝疏影浸横斜  また勝る、「疏影の横斜に浸す」[林和靖の梅の名句“疏影横斜水清浅”]に   (紅蘭遺稿上)154p

 子方宇野兄。畳細香女史與余唱和韻見贈。依前韻以答謝。
 子方[南村の号]宇野兄。細香女史と余と唱和する韻に畳[韻]して贈らる。前韻に依って以て答謝。

執褥執巾聊奉持  [夫の]褥を執り巾を執って、聊か奉持す
非才伴得董生帷  非才伴ひ得る、董生[董仲舒]の帷[夫の薫陶の謂]
憂愁滿鏡新霜見  憂愁、鏡に満ちて、新霜[白髪]を見るも、
金石経年旧雨知  金石[の操]、年経りて、旧雨[新旧の友]知る
節竹貞松寒益勁  節竹、貞松、寒、ますます勁くして
順孫孝子命多奇  順孫、孝子、命、多くは奇[数奇]ならん
欽君盥漱能迎意  欽ぶ、君が盥漱、能く[尊父の]意を迎ふこと
莫嘆高堂甘旨虧  嘆く莫れ、高堂に甘旨[美味]の虧くることを  (紅蘭遺稿上)155p

 題多度山瀑布泉 ※管理人所蔵墨蹟

養老改元光史編  養老の改元、史編を光(て)らす
至今百丈瀑泉懸  今に至るまで百丈、瀑泉懸(かか)る
寒風珠玉噴爲雨  寒風に珠玉、噴きて雨と為り
白日雷霆轟在天  白日に雷霆、轟きて天に在り
萬乗宸遊良有以  萬乗の宸遊[御幸]は良(まこと)に以(ゆゑ)有り
四疆民瘼果皆痊  四疆の民瘼(みんばく:人民)果して皆な痊(い)ゆ
滂沱不[まだれ+晷]大君栫@ 滂沱として[涸]れず、大君の沢(たく)
盥沐何惟千億年  盥沐するは、何ぞ惟(ただ)千億年のみならんや   (西帰集)2p

觱沸霊泉瑞気攅  觱沸(ひつふつ)たる霊泉、瑞気攅(あつ)まる
元皇曾此駐和鸞  元皇、曽た此に和鸞[天使の馬車の鈴]を駐む
三才相応聖明徳  三才[天知人]の相は応ず、聖明の徳に
大赦詔降黎庶歓  大赦の詔、降りて、黎庶(れいしょ:人民)歓び
霹靂劈山空谷響  霹靂、山を劈きて、空谷響き
虹霓飲澗積風寒  虹霓、澗に飲みて、積風寒し
千秋渇仰女尭舜  千秋渇仰す、女尭舜[元正天皇の謂]
混混有原長不乾  混混として原(もと)有り、長(とこし)へに乾かず  (紅蘭遺稿上)156p

 夜聽松聲

似登弘景三層閣  登るに似たり、弘景[陶弘景:道士の名]の三層閣
不羨元龍百尺樓  羨まず、元龍の百尺楼
雨在虚簷寒淅瀝  雨、虚簷に在りて寒、淅瀝(せきれき:雨の音)たり
風眞天籥夜颼飅  風、真に天籥[天の笛]にして、夜、颼飅(しゅうりゅう:風の音)たり
抑揚有節非人操  抑揚、節(ふし)有れども、人の操るにあらず
來徃無期儘自繇  来徃、期なく、まま自繇[じよう:自由]
一洗平生筝笛耳  平生の筝笛の耳を一洗して
恍然聽到五更頭  恍然聴き到る、五更の頭  (西帰集)5p

 題畫

木落中峰露石臺  木[木の葉]落ちて中峰、石台を露はす
天紳百丈畫雲間  天紳[帯=瀧]百丈、雲間に画(えが)かる
山人対話寒窓下  山人、対話す、寒窓の下
驟雨旋風入座來  驟雨旋風、座に入りて来る

潑翠千峰雨未乾  翠の潑(とびち)る千峰、雨未だ乾かず
瀑泉噴雪落驚湍  瀑泉、噴雪、驚湍に落つ
湖毫剡紙移將去  湖毫剡紙(けいし:中国名産の筆と紙)をして、移して将(もっ)て去れば
猶作人間六月寒  猶ほ作す、人間(じんかん)六月の寒  (紅蘭遺稿上)157p

 花朝[2月12日]大雪

不見春風錦作圍  見ず、春風の錦、囲を作すを
滿山飛雪隔簾看  満山の飛雪、簾を隔てて看る
応縁夏五帯餘閏  応に夏五[5月]の余閏[閏月]を帯ぶに縁るなるべし
二月半頭猶苦寒  二月半頭、猶ほ苦寒    (紅蘭遺稿上)158p

 二月二十七日。散歩至藍川。

溪水泱泱春始波  渓水泱泱として春始めて波うつ
夾溪山已笑顔多  溪山を夾んで已に笑顔多し
人家到処半梅竹  人家到る処、梅、竹、半ばし
奈此逍遥容與何  此の逍遥、容与[閑暇自適]をいかんせん    (同)159p

 (三月)三日寄江戸諸君

去年三日墨田濱  去年の三日は墨田の浜
今日又逢岐水春  今日また逢ふ岐水の春
縦使有山兼有水  たとい山有り、兼ねて水有らしむも
諷吟欠此意中人  諷吟、此に欠く、意中の人を    (同)160p

 岐山猪口亭書所見  岐山[金華山]の猪口亭にて見る所を書す。

四面山嵐擁古城  四面の山嵐[山霞]、古城を擁す
遙峰淺雪近峰晴  遥峰は残雪、近峰は晴
花間下瞰川光閃  花間より下瞰すれば川、光り閃く
葉葉征帆風影明  葉葉の征帆、風影明かなり

山櫻噤口小桜開  山桜は口噤いで小桜は開く
松竹嵌花映帶來  松竹、花に嵌(はま)って映帯して来る
應爲土神餘澤在  応に土神の余沢在るが為なるべし
到今深欝足栽培  今に到るも深欝として、栽培足る  (紅蘭遺稿上)161p

 四嬋娟  [梅と月と雪と竹]

影到メ斜始是香  影、横斜に到りて始めて是れ香る
流金飄絮粲成章  金を流し絮を飄(ひるがへ)して、粲として章を成す
併來個々嬋娟色  併せて来る、個々の嬋娟の色
翠袖天寒更斷膓  翠袖、天の寒きは更に断膓 [杜甫「佳人」:天寒翠袖薄(天寒くして翠袖薄し)]  (紅蘭遺稿上)162p

 從黒野至御望途中作  黒野より御望[御望野:おもの]に至る途中の作

松林踏去又松林  松林踏み去りてまた松林
山黛青濃春正深  山黛の青、濃くして春正に深し
花塢柳潭煙靄暖  花塢、柳潭、煙靄暖かなり
魚皆喜躍鳥歓心  魚、皆な喜躍し、鳥、心を歓ばす  (紅蘭遺稿上)163p

 伊藤氏園中春晩書事

膩白嬌紅豈不宜  膩白(じはく)嬌紅、豈に宜ろしからざらんや
連霖纔霽已離披  連霖[長雨]、纔かに[やうやく]霽るれば已に離披
一種専春可憐色  一種、春を専らにする可憐の色
淡黄新吐晩櫻枝  淡黄、新たに吐けるは晩桜の枝  (紅蘭遺稿上)166p

 留別 [※岐阜から寓居への]

分携不用涙先垂  分携[分かれ離れる]、用ゐず、涙先づ垂る
秋水鰛魚有後期  秋水鰛魚[溪鰛=鮎]有後期
行色青山三十里  行色青山三十里
優遊何害弄春凞  優遊何害弄春凞  (紅蘭遺稿上)169p

 岐山至北県。途中得三絶句。  岐山より北県(きたがた)に至る。途中三絶句を得

微風淡日踏春行  微風淡日、春を踏みて行く
山霧吹消三日晴  山霧吹き消す、三日の晴
渡口残櫻花漸謝  渡口の残桜、花漸く謝す
亂紅片片點流輕  乱紅片片、流れに点じて軽し

斑錦光搖蝶翅輕  斑錦、光に揺ぎて蝶翅軽し
香風歩歩紫雲英  香風歩歩、紫雲英[げんげ花]
何須萬乗昇天福  何ぞ須いん、万乗[天子]天に昇るの福
黼黻文章滿野明  黼黻[ほふつ:礼服の縫取り]文章、満野に明るし

天工染出鬱金黄  天工は染め出だす鬱金の黄
漫野菜花衣袖香  漫野の菜花、衣袖香し
蘭玉櫻雲春晼晩  蘭玉[木蓮]桜雲、春、晼晩(えんばん:日暮)たり
鶯聲移在翠楊塘  鶯声移りて在り、翠楊の塘  (紅蘭遺稿上)169p

 讀市島交通詩草題其尾  市島交通[越後一の豪農]の詩草を読み其の尾に題す

苦吟三十有餘春  苦吟、三十有余の春
鏤玉彫金句句新  鏤玉彫金、句句、新し
惹得溧陽寒尉笑  惹き得たり、溧陽の寒尉[孟郊]の笑ひを [蘇軾により、賈島とならべて「郊寒島痩(殺伐貧弱)」と評された詩人。]
富饒如汝作詩人  富饒、汝の如きが詩人と作ること  (西帰集)7p

 詠春蘭題内子畫  春蘭を詠ず、内子(紅蘭)の画に題す

高介何人臭味同  高介[耿介]、何人か臭味を同じうする
春風香露玉玲瓏  春風、香露、玉玲瓏
生來甘分賁初九  生来、分に甘ずるは「賁(ひ)の初九」[易:賁其趾。舎車而徒。其の趾(あし)を賁(かざ)る。車を捨てて徒(かち)にす。義において乗らず。隠遁の謂]
慵出山中荊棘叢  出るに慵(ものう)し、山中荊棘の叢 [鸞鳳は荊棘に棲まずの故事より]  (西帰集)10p

 無題

嶧桐誰敢求  嶧桐[えき山の桐:桐の名木の産地。秦の徳を記した篆書の碑で有名]誰か敢て求めん
荊璞却牽愁  荊璞[荊山の璞(はく:あらたま)]は却って愁ひを牽く [分不相応卞の宝は和の故事のやうに禍ひの元となるから]
古今同一嘆  古今同一の嘆
逝水自悠々  逝く水は自ら悠々 [時だけが経ってゆく]

濕之就下流  湿[陰湿]、之(ゆ)きて下流[澆季]に就く
眞不及人謀  真(まこと)に人謀[人為]に及ばず
大聖亦無已  大聖[孔子]もまた已む無く
乗槎東海浮  槎に乗りて東海に浮ばん [論語「道不行、乘桴浮于海」を踏まへる] (紅蘭遺稿上)168p

 この詩、夫の身を思ひ遣って世に認められないことを慨嘆してをります。で、みると同じ「嶧」といふ字を使ってゐる詠物詩(下)が『星巌集』にもあって、 おそらく同じ頃に作られたのでせう、翁みずからも物に託して不遇を喞ってゐるんですね。「余材」を自らに、去った「中郎」に擬せられてゐるのは京都に帰った貴顕、華頂法親王のことでせうか。 もう一つの方の詩では紅蘭と共に二本の剣に擬せられてゐます。梁川星巌が折々みせる、隠遁に自足する風に見せて意気がる鬱屈は、俗っぽいといふより古来「述志」の本道として、 また生来のロマン派気質が人生の初手(江戸遊学)で躓いた為に真っ直ぐ伸ばし得なかった、このひと特有の表れ方なんだと思ひます。俗っぽいなら成功してゐた詩塾を畳んで帰郷なんかしませんから。 一所不定の偏屈詩人の赤心が、単なる変人の位置から表舞台へと迎へ入れられてゆく時代がまもなくやってきます。玉池吟社が成功した真の理由は、他に宗匠がゐなかったからではない、 日本中から江戸に集まった若きホープ達を席巻したのは、実にこの在野の反骨精神「当年の日本浪曼派の総帥」とも謂ふべき彼が吐きまくったイロニー(尊王攘夷)であったことは間違ひありません。 その折の紅蘭の位置として、特に田舎から出てきた若い独身者に対して慈愛を注ぐ、女将さん的立場にあったらしいことは、星巌に就きながら日常は彼女とばかり話してゐさうな、 小野湖山や鈴木松塘といった愛弟子の存在によく表れてゐます。大沼枕山との関係も、詩才の実力一番なのは星巌も知ってをりながら人からの質問では一番に推さなかったといふ事件だけでなく、 彼が江戸っ子であったことが何やら心理上では一番に関係してゐるやうな気がします。枕山が文学を以て政治に関はることに疑問を持ってゐたらしいのも、幕末の熱狂の真ッ只中にをりながら、 マルクス主義にかぶれた田舎青年みたいな攘夷青年たちが野暮ったくみえてゐたからではないでせうか。

 琴劔二詠

留得餘材在嶧山  [琴の]余材を留め得て嶧山に在り
荒煙寒霧護容顔  荒煙寒霧に容顔を護る
中郎去後知音少  中郎[蔡邕:琴を能くした]去りて後は、知音[真の知己]少く
[衣象]飾黄金也是フ  黄金を[衣象]飾[盛飾]するも、また是れフ[閑:弾くこともない]

也知糞土一重重  また知る、糞土、一に重重たるも 
豈止豐城伏二龍  豈に止(ただ)に豊城に二龍の伏するのみならんや [張華と雷華が天の紫気により、豊城の地に2本の名剣が埋められてゐるのを発見、のち龍と化した故事]
若使張華眞識氣  若し張華をして真に気を識ら使むれば
人間随處有神蹤  人間(じんかん)随処に神蹤[名剣=有為の人物]有らん   (西帰集)11p

 さて、紅蘭の詩の「誰か敢て求めん」といふのは「よう求めない」といふこと、つまり星巌が名琴を買ってくれないといふ字義通りに解すれば、 殊更深刻な詩境と「無題」の意味するところは面白く映じてきます。くるのですが失礼、それは私の穿ちです(笑)。でも紅蘭の銘琴への執心は、 この先伊勢旅行で「緒方君」から演奏の手解きを受け「看雲主人」から「解慍琴」なる名器を借り受けるに至って燃え上がったものとみえ、やがて京都での「老龍琴」購入によって果たされることになります。
(つづく)

2010年5月6日up / 月 日 update 


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